「休業」「休職」-その違い
「休業」と「休職」。よく目にする用語ですが、違いを明確に意識しないで使ってしまっていることがあります。御相談へのお応えなどで正確を期するためにも、頭の整理としてまとめてみました。
「休業」
休業の意義と種類
労働関係法令に規定される 「休業」には次のようなものがあります。一口に休業といっても一様ではないのです。
(1)「使用者の責に帰すべき 事由 による休業」(労基法26条)
(2)「産前産後休業」(労基法65条)
(3)「業務上負傷し、又は疾病にかかった場合」の「療養のため」の休業(労基法75条、76条)
(4)「育児休業」(原則1年を限度とするした休業。育児・介護休業法5条)
(5)「介護休業」( 93日を限度とした休業。育児・介護休業法第11条)
休業をめぐる労使間の争点:「使用者の責に帰すべき事由」
個別労使間の争いになりやすいのは、 (1) 労基法26条の「使用者の責に帰すべき事由 」によって発生する休業、休業期間中について平均賃金の6割以上の休業手当の支払いが義務づけられている休業です。同条が言う「使用者の責に帰すべき事由 」 か否かは、「使用者側に発生した事由」によるものかどうかで判断することになります。実務的には、使用者が就業規則等の規定に基づき休業手当を支払う(休業手当も賃金なので就業規則の絶対的必要記載事項)場合は別として、休業手当が支払われない場合、①労基法違反の申告がなされたときは、労基署において指導の対象となる事案かどうかが検討される、②休業手当の支払いを求める民事訴訟で裁判所において司法判断が為される、ことになります。
付言すると、使用者の方の「明日から来なくていい」という一言が、休業命令なのか、退職勧奨なのか、あるいは解雇通告なのか、曖昧な事例にしばしば出会います。休業との関連では雇用契約書によって所定労働日が特定されていると、休業手当の支払が必要になる場合もあることに留意しなくてはならなりません。
なお、1日の一部の休業の場合、平均賃金日額の6割以上が支払われなくてはなりません。働いた時間について支払われた賃金が平均賃金日額の6割以上である場合は休業手当を支払う必要はありませんが、 支払賃金が平均賃金日額の6割に満たない場合は差額を支払わなくてはなりません。
その他の休業
(2)(4)(5)は、「産後休業(6週間まで)」は法律に基づいて発生するもの、「産前休業」、「育児休業」、「介護休業」は、法律に基づいて、労働者の請求により生ずるものです。「出産」という事実はまぎれもなく、又は「育児」「介護」についての法令の規定は明確ですので、 労基法26条 の「休業」と比較すれば争う余地は極めて少なくなります。これらに休業についての賃金支払いは、法律上の義務がないことも紛争の余地を狭くしています。 (3)は労基署長の認定に係る事案になることはご承知のとおりと思います。
「育児休業」、「介護休業」 は法律上の定義では「休業」ですが、会社によっては、「育児休暇」、「介護休暇」としている場合もあります。名称はともかく、規定を見ると「育児休業」「介護休業」のことであったりします。規定の定義の限りで個別労使紛争になるような問題は少ないと思いますが、根拠法に則した規定にしておくことをお勧めします。「子の看護休暇」(原則年5日まで)、「介護休暇」(原則最大5日間 )などの 「休暇」 は、法令上は「休業」とは別のものた゜からです。
PS.「休業」 - 「使用者の責に帰すべき事由 」(労基法26条)と「債権者の責めに帰すべき事由」(民法536条2項)
労働法では古典的なテーマで、通説もあるのですが、個別の労使間では争点になるテーマですので追記しておきます。
労基法26条の「使用者の責に帰すべき事由 」 と民法536条2項「債権者の責めに帰すべき事由」との相違は概ね次の通りです。
民法536条2項は、「債権者(使用者)の責めに帰すべき事由」により「債務(労務提供)を履行することができなくなったとき」であっても、「債務者(労働者)」は「反対給付(賃金)」を受ける権利を失わないとしています。市民社会における取引の一般原則である過失責任の原則、すなわち「故意、過失または信義則上これと同視すべきものによって損害を与えた場合」に損害賠償責任を負うという考え方にもとづく規定です。
一方、労基法26条の 「使用者の責に帰すべき事由」は、民法の「債権者(使用者)の責めに帰すべき事由」を含みつつ、使用者に民法上の過失責任がない場合でも、使用者側に発生した事由 (例:取引先からの資材が納入されない) があれば、「使用者の責に帰すべき事由」とされることになります。例外は、 使用者にとっての「不可抗力」による場合です。不可抗力とされる要件は、①「原因が事業の外部から発生した事故であること」、②「通常の経営者として最大限の注意を尽くしてもなお避けることができない事故であること」の二つを満たしていることです。 「労働者の保護」を旨とする労基法らしい適用範囲の拡大ですが、使用者の立場にも考慮し、民法536条のように賃金全額ではなく、「平均賃金の6割以上」の支払いを義務化したと解されます。
「休職」
休職の意義
「休職」は、 労働者について、労務に従事させることが不能又は不適当な事由が生じた場合に、使用者がその従業員に対し労働契約関係そのものは維持させながら労務への従事を免除すること又は禁止することです。 「休業」と異なり、法律上の根拠はなく、就業規則に基づく使用者の一方的な意思表示によってなされるのが一般的です。 (菅野「労働法第12版 」 等)
労働基準法 第15条第1項の「労働条件の明示」では、「休職に関する事項」は相対的明示事項とされています(労基則第5条第1項第11号)。他方、 労基法第89条の就業規則の必要記載事項に「休職」は明示されていませんが、同条10号「当該事業場の労働者のすべてについ適用される定め」である場合として記載されることになります。
休職の種類
(1)傷病休職(病気休職) 業務外の傷病を理由とする「欠勤」が一定期間(例えば3か月から6か月)に及んだ時に行われるもので、休職期間の長さは、就業規則により、勤続年数や傷病の性質に応じて定められる。
(2)傷病以外の私的な事故を理由とする事故休職
(3)刑事事件に関し起訴された労働者に対して行われる起訴休職、
(4)他社への出向期間中にな される出向休職
(5)公職就任や海外留学などの期間中になされる自己都合休職
(6) 労働組合の役員に専従する場合の組合専従休職等がある。
これ以外に、懲戒休職(出勤停止、自宅謹慎)と呼ばれるものがありますが、これは服務規律違反に対する制裁として行われるものです。
これらのうち、傷病休職は、一定期間の就労を免除し、復職可能か否かを見極めることを目的とするもので、実質的には、解雇の猶予措置の機能をもつ制度です。休職期間中に傷病から回復し就労可能となれば休職は終了し、復職となる。これに対し、休職期間が終了しても傷病が回復せず、就労ができない場合には、労働者側の労働契約の債務の本旨に従った債務(労務の提供)の不履行となり、自然(自動)退職又は解雇となります。