新型コロナ感染症のワクチン接種やPCR検査をめぐって

新型コロナ感染症の第5波で感染者が爆発的に増加するなかで、企業側が従業員にワクチン接種やPCR検査を求めたのに対して、従業員側が応じないなどの問題が生じています。
1.ワクチン接種について
◇接種は強制ではない
 厚労省Q&A(一般向け)は「新型コロナワクチンの接種は…強制ではありません…国として正確な情報提供を行った上で、接種を受ける方の同意がある場合に限り接種が行われます」「同意なく、接種が行われることはありません」としています。根拠は、予防接種法第8条(市町村長等による勧奨)と第9条(予防接種を受ける努力義務)でしょう。
◇従業員にワクチン接種を命令する、勧奨(勧めること)はできるのか。
・ワクチン接種の業務命令は不可
 例えば、医療機関、介護施設・保育施設などでは、正常な事業運営を維持するために、労働者にワクチン接種を求めるニーズは高いと思われますが、「ワクチン接種は本人同意」という前提があるので、接種を命令することはできませんし、ワクチンを接種しないことを理由とする懲戒その他不利益な取り扱いをすることもできないでしょう。
ワクチン接種の勧奨は、従業員の意思を尊重する等の範囲では問題はない
 ワクチン接種を企業が勧奨することについて直接に規定する法令はありません。ただし、「使用者として、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をする」(労働契約法5条)という使用者の安全配慮義務に基づいて勧奨することは、勧められこそすれ否定されることはないと考えられます。
 接種について、労働者、企業についての必要性やメリット、接種による障害等デメリットが労働者に生じた場合の公的支援制度や企業としてのサポートを説明したうえで接種を勧奨することが大切です。
 ただし、本人の自由意思を尊重する勧奨の域を逸脱して、不当な心理的威圧を加えるなどする執拗な勧奨は、不法行為として損害賠償請求の対象となる恐れがあります。同時にいわゆるパワハラ防止法(改正労働施策総合推進法)が規定する「精神的攻撃」「過大な要求」に該当し、 損害賠償請求や行政指導の対象にもなりえます。
 なお、政府が予防接種実施要領であげている「接種不適当者」「接種要注意者」に該当することが医師の診断などにより客観的に明らかな場合は、勧奨自体することはできないでしょう。また、労働者のそうした情報については、安全衛生法第104条及び同条に基づく指針(「労働者の心身の状態に関する情報の適正な取扱いのために事業者が講ずべき措置に関する指針」)にそった管理が求められることも留意すべきでしょう。
<予防接種不適当者>
・新型コロナウイルス感染症に係る他の予防接種を受けたことのある者で本予防 接種を行う必要がないと認められるもの
・重篤な急性疾患にかかっていることが明らかな者
・本予防接種の接種液の成分によってアナフィラキシーを呈したことがあること が明らかな者
・コロナウイルス(SARS―CoV―2)ワクチン(遺伝子組換えサルアデノウイルスベクター)を使用する場合にあっては、新型コロナウイルス感染症に係る予防接種を受けた後に血栓症(血栓塞栓症を含む。)(血小板減少症を伴うものに限る。)を発症したことがある者及び毛細血管漏出症候群の既往歴のある ことが明らかな者
・上記に該当する者のほか、予防接種を行うことが不適当な状態にある者
<予防接種要注意者>
・心臓血管系疾患、腎臓疾患、肝臓疾患、血液疾患、発育障害等の基礎疾患を有する者
・予防接種で接種後2日以内に発熱のみられた者及び全身性発疹等のアレルギー を疑う症状を呈したことがある者
・過去にけいれんの既往のある者
・過去に免疫不全の診断がされている者及び近親者に先天性免疫不全症の者がい る者
・接種しようとする接種液の成分に対してアレルギーを呈するおそれのある者
・バイアルのゴム栓に乾燥天然ゴム(ラテックス)が含まれている製剤を使用す る際の、ラテックス過敏症のある者
 https://www.mhlw.go.jp/content/000787209.pdf
2.PCR検査等について
◇検査を義務付ける根拠
  PCR検査には、定期健康診断など安衛法が義務付ける健康診断ではありません。PCR検査に限らないことですが、法定外の健康診断、検査等を従業員に義務付けるためには、就業規則の一部としての健康管理規程などによって義務付けていることが前提条件です。
 法定外検診の従業員への義務付けに関する裁判例を踏まえると、次の条件のもとでは、従業員への検査の義務付けは可能との考え方が示されています(岩出誠「ビジガイド」2021年6月号、10-11頁)
・PCR検査を行う業務上の必要性が高い
・検査費用は企業負担
・一定以上の検査能力がある医療機関におけるものである等検査方法の相当性・妥当性
・検査結果が陽性や擬陽性となった場合の入院等による隔離への賃金等の補償措置・不利益取り扱い禁止措置がとられてい
・就業規則その他の明示の根拠に基づき、全員を対象とする、もしくは検査の必要性に応じて合理的な基準に従って、不当な動機・目的なく、制度として画一的に実施
 検査結果について報告を義務付けることも、就業規則等に基づいて行うことは可能でしょう。なお、安衛法104条(心身の状態に関する情報の取扱い)も前提として留意すべきことはいうまでもありません。
 安全衛生法
 第 104 条 事業者は、この法律又はこれに基づく命令の規定による措置の実施に関し、労働者の心身の状態に関する情報を収集し、保管し、又は使用するに当たつては、労働者の健康の確保に必要な範囲内で労働者の心身の状態に関する情報を収集し、並びに当該収集の目的の範囲内でこれを保管し、及び使用しなければならない。ただし、本人の同意がある場合その他正当な事由がある場合は、この限りでない。