1か月単位の変形労働時間制-就業規則の規定に基づくシフト変更は可能か
はじめに
1か月単位の変形労働時間制について、次のようなお尋ねを頂くことがあります。
1.指定した勤務シフトを変更することはできますか
2.就業規則等にシフト変更ができる旨の規定があれば、変更は可能ですか
これについては、
1.1か月単位変形制を定めた労基法第32条の2の趣旨からして、原則として変更できません
2.例外的に、後述するような要件を満たす就業規則等の規定がある場合に適法な変更とされることはありますが、それは極めて限定的な場合です
というのが、当事務所としてのお答えになります。以下、順にご説明します。
1.原則として、シフトの変更はできない
「1箇月単位の変形労働時間制を採用する場合には、就業規則その他これに準ずるもの…により、変形期間における各日、各週の労働時間を具体的に定めることを要し、変形期間を平均し週40時間の範囲内であっても使用者が業務の都合によって任意に労働時間を変更するような制度はこれに該当しないものであること。」(昭和63.1.1基発第1号)
1か月単位の変形労働時間制を労働基準法の本則(第32条の2)とした昭和62年改正労基法の施行通達は、「使用者が業務の都合によって任意に労働時間を変更するようなものではない」としています。
通達は、労基法の所管する行政機関(厚生労働省・当時は労働省)が職員宛てに通知するものであり、裁判所が制約を受けるものではありませんが、同趣の考え方は、1月単位変形労働時間制をめぐる裁判所の判断(例えば、後掲のJR西日本(広島支社)事件・広島高判平成14年6月25日、日本マクドナルド事件・名古屋地判令和4年10月26日)でも示されており、裁判規範としての意義も有すると言ってよいでしょう。
2.就業規則の規定に基づくシフト変更-従業員同意は有効か
就業規則・諸規定の作成マニュアルとして版を重ねている書籍が挙げている1か月単位変形労働時間制に関する就業規則の例として次のようなものがあります。
「始業時刻・終業時刻及び休憩時間を決定する勤務シフト表は、次の各号に掲げる勤務パターンにより作成するものとする。ただし、従業員の同意を得て所定労働時間の範囲内で、勤務パターンの一部を変更することができる。」
従業員が同意すれば「勤務パターン」の変更は可能という考え方です。上記の原則「使用者が…任意に労働時間を変更するような制度はこれ(注:1か月単位変形労働時間制)に該当しない」を意識したのか、「従業員の同意」を適法なシフト変更の要件としているように見えます。
しかし、このような規定は、労基法32条の2が要求する「特定」(変形期間における各日、各週の労働時間を具体的に定めること)の趣旨に照らすと、適法な変更とは認められないリスクがあると考えます。その理由は、JR西日本(広島支社)事件・広島高判平成14年6月25日が「特定」についての次のような考え方を示しているからです。
「生活に対し、少なからず影響を与え、不利益を及ぼすおそれがあるから、勤務変更は、業務上のやむを得ない必要がある場合に限定的かつ例外的措置として認められるにとどまるものと解するのが相当であり、使用者は、就業規則等において勤務を変更し得る旨の変更条項を定めるに当たっては、同条が変形労働時間制における労働時間の「特定」を要求している趣旨にかんがみ…労働者にどのような場合に勤務変更が行われるかを了知させるため、上記のような変更が許される例外的、限定的事由を具体的に記載し、その場合に限って勤務変更を行う旨定めることを要するものと解すべきであって…」。
すなわち、シフト変更は指定前に予見できなかった業務上の必要やむを得ない事由に基づく場合のみ認められる例外的措置としたうえで
・労働者からみてどのような場合に勤務変更が行われるかを予測することが可能な程度に変更事由が具体的に定めること
としています
このように、勤務シフトを適法に変更するためには、従業員の同意ではなく、就業規則に変更についての具体的事由(それも例外的、限定的事由)の規定をおく必要があるのです。この判決の考え方によるならば、上記の就業規則の規定例は、変更が必要な場合に関する具体的事由の記述を欠いている点において、適法な1か月単位変形労働時間制の規定としては不十分とされるものではないかと考えます。
法が求める「特定」については、次にあげる事件において、使用者側にとってはさらに厳しい考え方が示されています。
3.勤務シフトの特定、具体化の程度-主要なシフト例だけでは足りない
日本マクドナルド事件・名古屋地判令4.10.26は、就業規則に規定された4種類の勤務シフト以外に、店舗ごとに定めた勤務シフトによっていた事実について、就業規則にシフトパターンが全て記載されていない場合は、労働基準法 32 条の 2 の「特定された週」又は「特定された日」の要件を充足せず、変形労働時間制は無効である、と判示しました。
大企業である被告・日本マクドナルドは、全店舗に共通する勤務シフトを就業規則上定めることは事実上不可能であり、店舗ごとに設定された勤務シフトは「就業規則その他これに準ずるもの」に基づくものと主張しましたが、「「その他これに準ずるもの」とは…就業規則を作成する義務のない使用者についてのみ適用されるものと解される(労働基準局長通達昭和22年9月13日発基17号)から、店舗独自の勤務シフトを使って作成された勤務割を「その他これに準ずるもの」であると解することもできない」として退けられています。
この裁判例によるならば、企業規模の大小を問わず、勤務シフトのすべてのパターンを就業規則に記載したうえで、当該シフトの中から選択して実際の勤務シフトを適用していかないと、適法な1か月単位変形労働時間制とは認められないことになります。
上記2.で紹介した就業規則の規定例は、「所定労働時間の範囲内」という限定をつけてはいても、勤務シフトのパターンを網羅していない点で、適法な1か月単位変形労働時間制の規定とは認められないリスクがあるのではないかと考えます。
勤務シフトの変更との関係でいえば、例えば「次の各号に掲げる勤務シフトの範囲内で、指定した勤務シフトと異なるものに変更する場合がある」と規定し、さらに、JR西日本(広島支社)事件・広島高判平成14年6月25日の判旨を踏まえて、変更がある場合の事由について具体的に記載しておく必要があるのではないでしょうか。