事業場外みなし労働時間制の司法判断–協同組合グローブ事件(最高裁第三小法廷令和6年4月16日判決)をめぐって
事業場外みなし労働時間制は、外勤や出張などの業務について、1988年(昭和63年)4月に施行された労働基準法第38条の2の「労働時間を算定しがたいとき」(同条第1項)に当たるか否かが争点とされてきました。
これについては、阪急トラベルサポート[第2]事件の最高裁判決(最二小判平26.1.24判決)が示した判断枠組みに基づいてその後の司法判断が示されてきましたが、事業場外みなし労働時間制の適用については厳格に解する、つまり、事業場外みなし労働時間の適用はできないとする判断が大勢だったと言えるでしょう。
そんな中、事業場外みなし労働時間制の適用を否定した福岡高裁判決(協同組合グローブ事件令4.11.10)について、最高裁が上告を受理したことから、事業場外みなし労働制の適用に関する新たな考え方が示されるのではないか、その場合、リーディングケースである阪急トラベルサポート[第2]事件判決の判断要素との関係、事業場外みなし労働時間制の施行当時には想像しがたいほどの情報通信手段の発展と、それを活用した勤務形態(テレワーク等)や勤怠管理方法の広がりがみられる状況について、どのような考え方が示されるのではないかといった推測もありえたと思われます。
では、果たしてどうだったのか。リーディングケースとその後の下級審判決の動向を踏まえたうえで今回の最高裁判決の意義について考えたいと思います。
1.事業場外みなし労働時間制の適用に関する司法判断の枠組み―阪急トラベルサポート事件最高裁判決
阪急トラベルサポート事件最判が示した判断の枠組みは、①「業務の性質,内容やその遂行の態様,状況等」、②「会社と添乗員との間の業務に関する指示」、③「報告の方法,内容やその実施の態様,状況等」をみるというものです。同事件について具体的には以下のように認定しています。
①「会社は,添乗員との間で,あらかじめ定められた旅行日程に沿った旅程の管理等の業務を行うべきことを具体的に指示」している
②「予定された旅行日程に途中で相応の変更を要する事態が生じた場合にはその時点で個別の指示をするものとされ」ている
③「旅行日程の終了後は内容の正確性を確認し得る添乗日報によって業務の遂行の状況等につき詳細な報告を受けるものとされている」
①業務の性質、内容、業務の遂行の態様・状況等 | ②業務に関する指示 | ③報告の方法、内容、その実施の態様状況 |
海外旅行添乗員業務(派遣労働者) ・旅行日程が…その日時や目的地等を明らかにして定められることによって,業務の内容があらかじめ具体的に確定されており,添乗員が自ら決定できる事項の範囲及びその決定に係る選択の幅は限られている | 業務前 ・会社とツアー参加者との間の契約内容等を記載したパンフレットや最終日程表、これに沿った手配状況を示したアイテナリーにより具体的な目的地及びその場所において行うべき観光等の内容や手順等を示すとともに、添乗員用のマニュアルにより具体的な業務内容を示し,これらに従った業務を行うことを命じている。 業務中 ・携帯電話を所持して常時電源を入れておき,ツアー参加者との間で契約上の問題やクレームが生じ得る旅行日程の変更が必要となる場合には,本件会社に報告して指示を受けることを求めている。 | 業務終了後の報告 ・旅程の管理等の状況を具体的に把握することができる添乗日報によって,業務の遂行の状況等の詳細かつ正確な報告を求めている ・その報告の内容については,ツアー参加者のアンケートを参照することや関係者に問合せをすることによってその正確性を確認することができるものになっている。 |
そのうえで、「以上のような業務の性質,内容やその遂行の態様,状況等,本件会社と添乗員との間の業務に関する指示及び報告の方法,内容やその実施の態様,状況等に鑑みると,本件添乗業務については,これに従事する添乗員の勤務の状況を具体的に把握することが困難であったとは認め難く,労働基準法38条の2第1項にいう「労働時間を算定し難いとき」に当たるとはいえないと解するのが相当である」としました。
2 阪急トラベルサポート事件最判以降の裁判例:事業場外みなし労働時間制の適用が否定された例
・リーディングケースである最高裁判決の枠組みに基づいた判断が示されていますが、事業場外みなし労働時間制の適用が否定される事案が多くみられます。そのいくつかを、上記1の判断枠組みにより整理して紹介すると以下のようになります。
・①業務について労働者の裁量は限定的、出退勤等管理がある、②業務前又は業務中の指示があり、③業務後の業務報告が具体的、などが認められる場合には、「労働時間を算定しがたい」とは認められないとする判断になっていることが分かります。
①業務の性質、内容、業務の遂行の態様・状況 | ②業務に関する指示 | ③報告の方法、内容、その実施の態様状況 | |
共栄テクニカルシステム事件・大阪地裁平成27年9月11日判決 | 業務用IT関連システムの販売・サポートを行う会社の営業職 ・出退勤時間が定められ、タイムカードにより出退勤時刻を管理 | 営業内容についての目標が設定 業務前 ・会社代表者や営業部長への報告や指示がなされていた 業務中 ・適宜、電話で連絡を受けていた ・課長同行がしばしばあった | 業務終了後の報告 ・会社代表者にメールで、日々の業務内容について営業日報により訪問先やその日の目的・結果を報告 |
東京精密事件・東京地裁令和4年11月30日判決 | 計測機器等の製造販売会社の営業職 ・営業所に出勤した後に外勤し、いったん帰社後に退勤 ・勤怠月報に入力した出退勤時間を営業所長が月単位で承認 | 業務中 ・会社貸与のパソコン等を携行して上司から指示を受けていた | 業務終了後の報告 ・営業先での滞在時間、営業先に関する報告、移動時間等を記載した週報を1週間ごとに提出 |
セントリオン・ヘルスケア・ジャパン事件・東京高裁令和4年11月16日判決 | 製薬会社のMR(医療情報担当者)として医療機関を訪問する外勤営業職 ・自宅と営業先の直行直帰 ・業務スケジュールの決定は労働者の裁量によっていたいた。 | 業務前 ・業務スケジュールについて上司が具体的に指示することはなかった。 ・特別な事情があるときには時間外労働を事前申請 | 業務終了後の報告 ・各日の業務内容を週報により報告していたが、内容には始終業時刻の記載はなく、業務スケジュールを具体的に報告させるものではなかった。 |
・2018年12月導入の勤怠管理システム(本件システム)により、会社貸与のスマホから位置情報on状態で、出勤時刻、退勤時刻を打刻するよう指示 | ・週40時間超の残業発生が見込まれる場合は事前申請させ、エリアマネージャーから具体的に業務を指示 | ・出退勤時間は、月1回「承認」ボタンにより記録を確定した。不適切な打刻事例がみられる場合は注意喚起していた ・残業については、行った業務内容について具体的に報告させていた。 | |
(本件システムの導入により)始終業時刻の間に行った業務内容や休憩時間を管理する日報の提出を求めたり、週報の様式を改訂したりすることが可能だった。仮に、MRが打刻した時刻の正確性やその間の労働実態に疑問があるときは、貸与したスマートフォンを用いて、随時、上司に報告させたり上司から確認することが可能だった。 本件システムの…導入前までは、労働時間を算定しがたいときに当たるが、導入…以降は、労働時間を算定しがたいときに当たるとはいえない。 |
・ここで注目したいのは、セントリオン・ヘルスケア・ジャパン事件・東京高裁判決です。同事件の東京地裁判決(令和4年3月30日)は、表3番目の上の部分にある事実認定、すなわち、①自宅と営業先の直行直帰 で、業務スケジュールの決定は労働者の裁量によっていたいた、②業務前に上司が具体的に指示することはない、③業務終了後の報告も簡素で、始終業時刻の記載もない、等から、「労働時間を算定しがたい」として、事業場外みなし労働時間制の適用を認めましたが、控訴審の東京高裁判決は、2018年12月導入の勤怠管理システムの導入以降について、始終業時刻の間に行った業務内容や休憩時間を管理する日報の提出を求めたり、週報の様式を改訂したりすることが可能だった、MRが打刻した時刻の正確性やその間の労働実態に疑問があるときは、貸与したスマートフォンを用いて、随時、上司に報告させたり上司から確認することが可能だった、として「労働時間を算定しがたいとき」に当たるとはいえない、と判断を変更しました。
・ 阪急トラベルサポート事件でも、業務終了後の報告について、その正確性を確認することが可能という点が事業場外みなし労働時間制の適用を否定する判断要素として挙げられていましたが、この事件の高裁判決は、業務の性質、内容、態様における労働者の裁量性の高さや事前の業務指示がないという事実は認めつつも、勤怠システムによる始終業時刻の把握が可能になったことや、それに基づいて業務終了後でも実態の把握が可能になっていることに注目して、一審判決の「労働時間を算定しがたいときにあたる」との判断を覆した点が重要と思われます。
・この事案の勤怠管理システムのような何らかの確実な根拠があることにより、事後的にであれ業務の遂行状況を把握することができるという点、会社が確認しようとすればすることが可能である点を判断要素の中でも重視していることが伺われます。業務の実施スケジュールの決定についての労働者の裁量度の高さや、業務前や業務中の指示の少なさが認められたとしても、事後的に業務の遂行状況を把握する業務報告等の正確性を重視する傾向は、後掲の協同組合グローブ事件の一審、二審にも共通しており、上告審の最高裁も、事業場外みなし労働時間制の適用に関する判断の方向は異なるとしても、業務報告の正確性の担保を重視する点では共通していると思われます。
・以下、協同組合グローブ事件に関する地裁、高裁、最高裁の判断のポイントを確認していきたいと思います。
3-1 協同組合グローブ事件-熊本地裁、福岡高裁判決
・この事件について一審の熊本地裁判決は、下表にみるとおり、①業務の性質、内容、業務の遂行の態様・状況、②業務に関する指示 の状況については、いずれも労働時間を把握しがたいとしながらも、業務報告の「記載についてある程度の正確性が担保されている」ことに着目して、「事業場外において従事していた業務については、これに従事する原告の勤務の状況を具体的に把握することが困難であったとは認め難く、「労働時間を算定し難いとき」に当たるとはいえないと解するのが相当」としました。業務報告に基づく、勤務状況の把握を重視している点では、前掲のセントリオン・ヘルスケア・ジャパン事件・東京高裁判決とも類似していますが、業務報告の正確性に偏りすぎた印象さえあります。福岡高裁判決も、地裁の事実認定、判断を基本的に支持し、「諸事情(注:労働時間の把握が容易ではない諸事情)を踏まえても、1審原告の業務について、その勤務の状況を具体的に把握することが困難であったとは認め難く、「労働時間を算定し難いとき」に当たるとは認められない。」としました。
熊本地裁・令和4年5月17日判決
①業務の性質、内容、業務の遂行の態様・状況 | ②業務に関する指示 | ③報告の方法、内容、その実施の態様状況 |
・労働者は、協同組合に2018年9月5日に採用され、熊本市の支所配属。外国人技能実習生の指導員として、技能実習生と実習生受入企業を対象とする訪問巡回指導等を担当していた。 ・タイムカード管理はなく、労働者の判断で、直行直帰することができた。 ・業務の具体的スケジュールは、労働者の裁量判断にゆだねられていた。 業務自体の性質、内容等からみると、これに要する時間を把握することは容易ではない、とした。 | 業務前 ・ホワイトボードの月間予定表に、職員ごとの訪問・巡回先の予定が記入されていた時期があったが、時間は記入されていない ・週間管理予定表を作成させたこともあったが、短期の取組みだった。 ・ある時期からスケジュールアプリに訪問予定を入力するようになったが、スケジュール通りに行動することは求められていなかった。 業務中 ・携帯電話を貸与されていたが、訪問先との連絡用であり、随時具体的に指示を受けたり報告をしたりすることははなかった。 以上から、いずれによっても労働時間の把握は困難とした | 業務終了後の報告 ・訪問先への直行の有無、始業時間、終業時間、休憩時間のほか、行き先、面談者及び内容とともにそれぞれの業務時間を記載したキャリア業務日報を業務時間内に日々作成させ、毎月月末までに所属長に提出していた。 ・業務内容を記載するだけでなく、具体的な行き先や面談者等とともに具体的な業務時間を記載するとされており、被告組合は、業務遂行の状況等につき比較的詳細な報告を受けているものというべきである。 ・全ての行き先や面談者に対して業務状況を逐一確認することは困難と考えられるが、原告の事業外労働では実習実施者や実習生などの第三者と接触する業務がほとんどであり、虚偽の記載をした場合はそれが発覚する可能性が高く、実際に支所長が審査しており、業務の遂行等に疑問をもった場合、原告のほか、実習実施者や実習生などに確認することも可能であることなどからすると、同業務日報の記載についてある程度の正確性が担保されているものと評価することができる。 ・労働時間の一部が事業場外労働である場合には、キャリア業務日報に基づいて労働時間を把握した上で残業時間を算出していたことが認められる。 |
以上からすると、原告が事業場外において従事していた業務については、これに従事する原告の勤務の状況を具体的に把握することが困難であったとは認め難く、「労働時間を算定し難いとき」に当たるとはいえないと解するのが相当。 |
福岡高裁・令和4年11月10日判決
①業務の性質、内容、業務の遂行の態様・状況 | ②業務に関する指示 | ③報告の方法、内容、その実施の態様状況 |
・具体的な巡回・訪問先やスケジュールなどがキャリア職員の判断に委ねられていたものの、 ・担当する実習実施者等は決まっており、巡回・訪問の頻度等もある程度定まっていたことなどに照らすと、 キャリア職員の選択し得る幅には一定の限界があったといえる。 | 業務中 ・携帯電話を貸与してこれを携帯させていたところ、随時、携帯電話を利用して、業務の指示や報告等が行われていたわけではないものの、 ・必要に応じて、業務の指示を出したり、報告を受けたりすることができる態勢がとられていたといえる。 | 業務終了後の報告 ・業務日報には具体的な始業時間及び終業時間、行き先や面談者等が記載されていること、その記載内容について、1審被告Y1組合の支所長が審査しており、その内容の正確性について実習実施者等に確認することも可能であったことは…原判決が認定したとおりである。 ・業務日報に基づいて労働時間を把握した上で残業時間を算出していたことが認められる ・(業務日報の)ある程度の正確性が担保されていることを前提に、業務日報に基づいて具体的な労働時間を把握していたものと評価することができる。 |
3-2 協同組合グローブ事件-最高裁判決
事業場外みなし労働時間制の適用を否定した福岡高裁の判断について最高裁は、
①業務日報の記載内容につき実習実施者等への確認が可能であること、
②協同組合が業務日報の正確性を前提に時間外労働の時間を算定して残業手当を支払う場合もあったことを指摘して、その正確性が担保されていたと評価していることについて、
以下のように述べて「是認することができない」とし、福岡高裁に差し戻しました。
①については、単に業務の相手方に対して問い合わせるなどの方法を採り得ることを一般的に指摘するものにすぎず、実習実施者等に確認するという方法の現実的な可能性や実効性等は、具体的には明らかでない。
②についても、協同組合は、本件規定を適用せず残業手当を支払ったのは、業務日報の記載のみによらずに被上告人の労働時間を把握し得た場合に限られる旨主張しており、この主張の当否を検討しなければ…業務日報の正確性を前提としていたともいえない上、協同組合が一定の場合に残業手当を支払っていた事実のみをもって、業務日報の正確性が客観的に担保されていたなどと評価することができるものでもない。
業務日報の正確性の担保という判断要件について、確認する意思があれば実際に確認することができたのかについて「具体的な事情」の検討が十分ではないということに尽きるといってもよいでしょう。高裁が、地裁の事実認定に付け加えた、時間外労働手当を払ったことがあるという点についても、直ちに業務日報の正確性を担保するものにはならないとしています。
3-3 協同組合グローブ事件-最高裁判決が示したもの
この最高裁判決が、リーディングケースである阪急トラベルサポート事件で最高裁が示した判断枠組みに何らかの新たな要素を付け加えたか、事業場外みなし労働時間制の適用に関する従来の厳格な判断の仕方を見直すものだったか、と言えば、答えは否ということになると思われます。
しいて言えば、本事件の一審、二審が重視したと思われる業務日報につい、始終業時間、行き先や面談者等が記載されているというだけでは正確性が担保されているとは認められず、正確性を担保する方法が実際にあるのか、方法の実効性はどうかについて、具体的検証が必要としたことでしょう。
では、どのようであれば業務日報の正確性が担保されたということができるのか、最高裁判決からは明らかではありませんが、リーディングケースとなっている阪急トラベルサポート事件最高裁判決やセントリオン・ヘルスケア・ジャパン事件東京高裁判決のような具体的で客観的な根拠があり、会社側にその意思があれば、事後的にであれ業務の遂行状況を把握することができること、実際に確認したかまでは問わずとも確認しようとすればすることが可能であることの検証が求められているということかもしれません。
なお、近年の情報通信技術の発展や多様な就業のあり方の広がりについて、最高裁はどのようにとらえているのか。その一端は、林道晴裁判官の補足意見からうかがわれるように思われます。
「近時、通信手段の発達等も背景に活用が進んでいるとみられる在宅勤務やテレワークの局面も含め、その在り方が多様化していることがうかがわれ、被用者の勤務の 状況を具体的に把握することが困難であると認められるか否かについて定型的に判断することは、一層難しくなってきている」という事情は認めつつも、「飽くまで個々の事例ごとの具体的な事情に的確に着目した上で…「労働時間を算定し難いとき」に当たるか否かの判断を行っていく」とし、その前提として、「業務の性質、内容やその遂行の態様、状況等、業務に関する指示及び報告の方法、内容やその実施の態様、状況等…考慮要素は…リーディング・ケースともいえる最高裁平成24年(受)第1475号同26年1月24日第二小法廷判決・裁判集民事246号1頁が列挙した考慮要素とおおむね共通しており、今後の同種事案の判断に際しても参考となる」という考え方を示しています。
すなわち、リーディングケースの判断枠組みによりつつ、新たな働き方のあり方についても、飽くまで個々の事例ごとの具体的な事情に的確に着目して判断していく、という姿勢を鮮明にしているということに尽きるのではないかと思われます。