同一労働同一賃金をめぐる判例等の動向(2020年10月13日、15日の最高裁判決を踏まえて)

 正社員と非正社員の労働条件の相違について労働契約法第20条の不合理な格差にあたるかが争われた5つの事件で、2020年10月13日、15日の両日、最高裁判決が示されました。パート・有期法成立直前の2018年6月1日のハマキョウレックス事件と長澤運輸事件の最高裁判決(いずれも最高裁第二小法廷・平成30年6月1日)に続くものです。
◇不合理な労働条件の相違には当たらないとの判決
 ① 賞与及び私傷病欠勤中の賃金保障(大阪医科薬科大学事件、10月13日・第三小法廷)
 ② 退職金(メトロコマース事件、10月13日・第三小法廷)
◇不合理な労働条件の相違にたるとした判決
 ③ 扶養手当(日本郵便(大阪)事件、10月15日・第一小法廷)
 ④ 年末年始勤務手当(日本郵便(東京、大阪)事件、10月15日・第一小法廷))
 ⑤ 祝日給(日本郵便(大阪)事件、10月15日・第一小法廷)
 ⑥ 夏期冬期休暇(日本郵便(東京、大阪、佐賀)事件、10月15日・第一小法廷)
 ⑦ 有給の病気休暇(日本郵便(東京、大阪)事件、10月15日・第一小法廷) 

◇今回の5事件判決の判断枠組み
 今回の5事件の判決の判断枠組みは、ハマキョウレックス事件、長澤運輸事件と変わりません(下図参照)。この判断枠組みは、労契法第20条を引き継いだパート・有期法第8条(施行2020年4月1日、中小企業は2021年4月1日)でも変わらないと思われます。パート・有期法第8条の条文構成は基本的に同じであり、追加部分「基本給、賞与その他の待遇のそれぞれについて」は、ハマキョウレックス事件最高裁判決で既に述べられたことだからです。
 不合理な労働条件の相違等についての原則的考え方と具体例を示した厚生労働省「ガイドライン」(厚生労働省告示第430号、2018年12月28日)との関係では、今回の最高裁判決等は、退職金、扶養手当、住宅手当についてガイドラインを補完する結果になりました。今後も両者相まって、正社員とパート労働者、有期契約労働者との間の労働条件設定のあり方についての基本となると思われます。

判断枠組みからみた今回の5事件等の概要は下表のようになるのではないでしょうか。

一連の最高裁判決等から考えられること
 ハマキョウレックス事件と長澤運輸事件の最高裁判決、今回の5事件の最高裁判決及び上告不受理により確定した5事件の高裁判決を合わせると、相当に広範な労働条件の相違についての司法判断が示されたことになります。(別表1)
◇賞与、退職金、基本給――「職務の内容及び配置変更の範囲」(人材活用の仕組み)=長期勤続、幅広い異動を通じた職職務遂行能力の向上・深化に関連する労働条件 別表1.A
● 賞与
 ガイドラインは賞与について、”会社の業績等への貢献に一定の相違がある場合は相違に応じた賞与を支給しなければならない”としています。最高裁も、一般論として、「不合理と認められるものに当たる場合はあり得る」ことは否定していません。
 大阪医科大学事件は、正社員の継続就労の評価・期待から生活保障と雇用維持を図るという賞与の目的に照らし、原告労働者が相当に軽易な業務を担当していること(「職務の内容」)、長期雇用を前提とした勤務を予定していないこと(「人材活用の仕組み」)、賞与が支給される契約社員への登用制度がある(「その他の事情」)等として、賞与がないことについて不合理ではないとしました。しかし、こうした事案ばかりとは限らないと思われます。
 相当に長期勤続である非正社員ついてのメトロコマース事件東京高裁判決(確定)は、「直ちに不合理であると評価できない」としましたが、これは、非正社員に夏冬各12万円が支給されていたこと、労使交渉が行われていたこと等を踏まえたものです。換言すると、長期勤続の非正社員の賞与は、こうしたポイントをクリアしていないと、結果はわからなかったのかもしれません。
● 退職金
 ガイドラインは「退職金」について基本的な考え方を示していませんでしたが、メトロコマース事件の最高裁判決は、それを補完することになりましたた。
 最高裁は、退職金が支給される職種限定社員への登用制度があり運用実績があることのほか、組織統合の経緯(互助会からの転籍者である正社員については労働条件変更が困難)というメトロコマース事件固有の「その他の事情」をあげて、長期勤続の非正社員(65歳定年で長期勤続が想定されていた)に退職金の功労報償の部分(正社員の4分の1程度)までがないのは不合理とした東京高裁判決を覆しました。
 登用制度は、パート労働法(改正パート・有期契約労働法)の措置義務の一つですので、設けている企業はあるかもしれませんが、「組織統合の経緯」という「その他の事情」は、この事案特有のものです。長期勤続の非正規社員の退職金について、今後も、功労報償にあたる部分がないことまで不合理な待遇差にはあたらないとされるのかどうか、疑問が残ります。
 付言すると、退職金に関するメトロコマース事件での林景一裁判官の以下に引用した補足意見は、退職金に関する労働条件の相違に関する今後の訴訟にかかわって興味深い論点--使用者の裁量判断を尊重する余地は比較的大きい、労使交渉を経ていること、職務の内容等の相違の程度に応じて均衡のとれた処遇を図っていくこと等--を示したように思われます。
・退職金制度を持続的に運用していくためには,その原資を長期間にわたって積み立てるなどして用意する必要があるから,退職金制度の在り方は,社会経済情勢や使用者の経営状況の動向等にも左右されるものといえる…退職金制度の構築に関し…使用者の裁量判断を尊重する余地は,比較的大きい…。
・退職金には,継続的な勤務等に対する功労報償の性格を有する部分が存する…労使交渉を経るなどして,有期契約労働者と無期契約労働者との間における職務の内容等の相違の程度に応じて均衡のとれた処遇を図っていくことは,同条やこれを引き継いだ短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律8条の理念に沿うものといえる。現に,同条が適用されるに際して,有期契約労働者に対し退職金に相当する企業型確定拠出年金を導入したり,有期契約労働者が自ら掛け金を拠出する個人型確定拠出年金への加入に協力したりする企業等も出始めていることがうかがわれるところであり,その他にも,有期契約労働者に対し在職期間に応じて一定額の退職慰労金を支給することなども考えられよう…。
● 基本給
 労契法20条で基本給の違いに踏み込んだ判決はありません。唯一、勤続30年超の非正社員の基本給が同時期に採用された正社員との間で約2倍の格差が生じていることについて不合理な労働条件の相違とした産業医科大学事件の福岡高裁判決(別表1.参照)がありますが、これは一般化しづらい事案のように思われます。
● 留意点-賞与、退職金、基本給
<賞与・退職金> 
 長期勤続の非正規社員がいる、登用制度(現パート法、改正バ有法の措置義務のひとつ)がないか、あっても運用実績がない場合、「賞与なし、退職金なし」でよいと直ちには言い切れないのではないでしょうか。
 長期勤続させたい非正社員は別の雇用管理区分にする、雇用期間の上限(3年から5年)を設ける、賞与、退職金は「ゼロではない」状況にする、などが対応として考えられるかもしれません。登用制度があり、実際に運用されている場合は有効と思われます。前提として、職務内容と人材活用の仕組みの違いが賃金制度の違いに表れていること、人事考課のあり方もそれを反映していること、正社員と非正社員の就業規則、賃金規定等で明確に区別されていることなどが重要と思われます。
<基本給>
 ガイドラインは、同じ制度下にある場合には同じ基準で支給としていますが、正社員とパート・有期を同じ制度下に置くべしとは言っていません(JILPT労働政策フォーラムでの菅野和夫コメント)。現役世代については、職務内容と人材活用の仕組みの違いが賃金制度の違いに表れていることなど、<賞与・退職金>であげた点が同様に重要でしょう。例えば、正社員は長期勤続と人事異動等による職務遂行能力の向上を人事評価により把握し、対応した職能資格・等級に位置付ける職能給的賃金、非正社員は特定業務に対応した職務給的賃金(習熟度反映は限定的)といった説明が考えられます。
 問題が残ると思われるのは、定年後再雇用労働者の基本賃金ではないでしょうか。65歳前の公的年金が受給できること、再雇用の労働条件についての考慮・工夫、労使交渉の経緯等という長澤運輸事件の「その他の事情」は当該事案については重要でした。最近の下級審判決(名古屋自動車学校事件・名古屋地裁2020年10月28日、日本経済新聞10月28日)も「再雇用の際に賃金に関する労使の合意がない」という労使交渉経緯を考慮要素としているようです。合わせて水準が「若い正社員の基本給すら下回る」ところから、定年前の6割を下回る基本給が不合理とされたのかもしれません。定年前の基本給の54%から64%への引き下げは不合理ではないとする日本ビューホテル事件判決(東京地裁、平成30年11月21日)がありますが、定年前の6割を下回る基本給が不合理かどうかという水準論は残るのかもしれません。
 65歳前の特別支給の老齢厚生年金を受給権者は、2020年4月1日現在、ほぼ女性に限られ、2026年には女性の受給権者もいなくなること、定年後再雇用者を対象とする高年齢者雇用継続給付金については2025年度から給付率を半減し、その後段階的に廃止する方針であること、などを踏まえると、定年後再雇用労働者の基本賃金の問題は、こうした変化を踏まえた使用者の判断や労使自治のあり方が、パート・有期法第8条に照らした違法・適法の判断に影響するのではないかと思われます。今後とも注視すべきところではないでしょうか。
◇諸手当
● 扶養手当、住居手当等:生活費補助的または実費弁済的  別表1.B
 ガイドラインは「扶養手当、住居手当」について基本的な考え方を示していませんでした。日本郵便(大阪)事件判決は扶養手当について、メトロコマース事件と日本郵便(東京、大阪)事件の確定した高裁判決は、住居手当について、ガイドラインを補完するものとなりました。
<扶養手当>
 日本郵便(大阪)事件判決は、扶養手当について正社員が長期にわたり継続勤務することが期待されることから、その生活保障や福利厚生を図り、生活設計等を容易にさせることを通じて継続的な雇用を確保することが目的としたうえで、同手当を支給する趣旨は、相応に継続的勤務が見込まれている非正規社員も妥当するとしています。
<住居手当>
 メトロコマース事件東京高判等は、住居手当について、正社員、非正社員ともに転居を伴う異動がない場合についての判断です。非正社員に同手当がないことは不合理な待遇差ではないとしたハマキョウレックス事件と長澤運輸事件とは、考慮要素に違いがあるのです。ハマキョウレックス事件では正社員に転居を伴う異動があること、長澤運輸事件では、多様な世代にわたる正社員に住宅費に係る生活費を補助することに相応の理由があること、再雇用労働者は定年前にそれら待遇を受けた者であるうえ、公的年金を受給でき、受給までの間は調整給が支給されるなどの「その他の事情」をあげて不合理な労働条件の相違ではないとしました。
 これら手当について、正社員人材の確保・定着の趣旨があることは否定されないとしても、それだけで非正社員との間の労働条件の相違が不合理なものでないと言うことはできないと思われます。扶養手当については、相当に長期の勤続が予定されていること、現役世代の住居手当については転居を伴う異動の有無が、適法・違法の判断の判断を左右する要素になったからです。
 職務の内容等と関係しない生活費補助的な給食手当、実費弁済的な通勤手当は、ハマキョウレックスで決着といってよいでしょう。ガイドラインも同旨です。(概要は別表2参照)
● 諸手当(上記手当以外):業務関連性が強いもの 別表1.C
 業務等との関連か強い手当について正社員と非正社員の間に労働条件の違いを設けた場合、ほとんどが不合理な労働条件の相違とされました(概要は別表2参照)。ガイドラインの考え方も同旨です。

おわりに
 今回の最高裁判決は、2018年の2判決の判断枠組等を維持しつつ、登用制度の実績、長期勤続か否かなどが重要なポイントになることを明らかにしました。また、厚労省「ガイドライン」の考え方等は、一連の最高裁判決と基本的に整合的です。パート・有期法で新設された「使用者の説明義務」に対応するうえでもガイドラインとそれに基づく「取り組み手順書」の実務的な重要性に変わりはないといえるでしょう。

資料
<最高裁判所判決> 
大阪医科大学事件 最高裁第三小法廷判決・令和2年10月13日
メトロコマース事件 最高裁第三小法廷判決・令和2年10月13日
日本郵便(東京)事件 最高裁第二小法廷判決・令和2年10月15日
日本郵便(大阪)事件 最高裁第二小法廷判決・令和2年10月15日
日本郵便(佐賀)事件 最高裁第二小法廷判決・令和2年10月15日
ハマキョウレックス事件 最高裁第二小法廷判決・平成30年6月1日 労働判例2018.7.15(No.1179号)20頁
長澤運輸事件 最高裁第二小法廷判決・平成30年6月1日 労働判例2018.7.15(No.1179号)
出所:最高裁判所裁判例検索
<高等裁判所判決>
大阪医科大学事件 大阪高裁判決・平成31年2月15日 労働判例2019.6.15(No.1199号)
メトロコマース事件 東京高裁判決・平成31年2月20日 労働判例2019.6.1(No.1198号)
日本郵便(東京)事件 東京高裁判決・平成30年12月13日 労働判例2019.6.1(No.1198号)
日本郵便(大阪)事件 大阪高裁判決・平成31年1月24日 労働判例2019.5.15(No.1197号)
日本郵便(佐賀)事件 福岡高裁判決・平成30年5月24日 労働経済判例速報平30.9.10(No.2352号)
産業医科大学事件 福岡高裁判決・平成30年11月29日 労働判例2019.6.1(No.1198号)
<地方裁判所判決>
日本ビューホテル事件 東京地裁判決・平成30年11月21日 労働判例2019.5.15(No.1197号)
<厚生労働省>
「短時間・有期雇用労働者及び派遣労働者に対する不合理な待遇の禁止等に関する指針」(厚生労働省告示第430号、2018年12月28日)
「パートタイム・有期雇用労働法-対応のための取り組み手順書」
出所:厚生労働省ホームページ