同業他社への転職ː退職をめぐる問題Ⅱ
Q:退職をめぐっては、会社側、従業員側それぞれから、次のようなお尋ねをいただくことがあります。
☆会社側から
社員から退職の申し出があったが、会社のノウハウを競争関係のある他社に持ち出されたり、顧客を奪われないか心配だ。そうしたことがないように、誓約書などを取っておけばよいのか。
☆従業員から
退職を申し出たら、競合他社への就職や在職中に知り得た秘密の利用を禁止する誓約書の提出を求められた。誓約書にサインするしかないのか。
Aː「競業避止義務」という、労働契約に内在すると考えられる労働者側の義務のひとつに関する問題です。Yes-Noの単純な二択ではなく、様々な要素を総合的に勘案して解を求めなくてはなりません。競業避止義務の基本的な考え方を踏まえて、個々の事案ごとに裁判所がどのように判断したかをみる必要があります。裁判所の判断の基準と主要な裁判例については、経済産業省の研究会報告がまとめており、よく整理された内容と思います。報告は2013年のものですが、現在でも参考になる内容と思いますので、ご紹介します。
「競業避止義務」とは
労働契約法第3条第4項は「労働者及び使用者は、労働契約を遵守するとともに、信義に従い誠実に、権利を行使し、及び義務を履行しなければならない」としています。その趣旨は、当事者双方が相手方の利益に配慮し、誠実に行動するという要請に基づく付随的な義務が労働契約には内在しているということです。その義務の一つとして、労働者については「競業避止義務」があるとされています(この他にも、秘密保持義務、使用者の名誉・信用を棄損しない義務などがあります)。
この義務を労働者に課することを明確にするため、就業規則の規定、入社時または退職時の誓約書が用いられる例も少なからず見られます。
在職中(労働契約の存続期間中)であれば、原則として、労働者は使用者の利益に反する競業行為(副業・兼業に際しての行為を含む)は控えなくてはなりません。
一方、退職後については、職業選択の自由という基本権との関係で、在職中と同じように競業避止を求めることに一定の制約が生じてきます。競業避止義務が存続または消滅するとされることについての判断基準はどのようなものなのかが問題となります。また、義務違反との関連において、損害賠償請求や退職金の没収の是非が争われることになります。以下では、「競業避止義務」の存否に関する判断基準について、経済産業省の研究会報告書から紹介します。
「競業避止義務」の存否に関する判断基準
経済産業省「人材を通じた技術流出に関する調査. 研究報告書」は、判例上、競業避止義務契約の有効性を判断する際にポイントとして、次の6点をあげています。
①守るべき企業の利益があるかどうか
①を踏まえつつ、競業避止義務契約の内容が目的に照らして合理的な範囲に留まっているかという観点から、
②従業員の地位
③地域的な限定があるか
④競業避止義務の存続期間
⑤禁止される競業行為の範囲について必要な制限が掛けられているか
⑥代償措置が講じられているか
「人材を通じた技術流出に関する調査. 研究報告書」(2013年3月)
https://www.meti.go.jp/policy/economy/chizai/chiteki/pdf/honpen.pdf
競業避止義務契約の具体的な内容について判断を行なっている判例